涙の効用

涙を例にどのような場合にシグナリングが信用できるか、そして進化論的に安定しているかが説明されている記事:

Credible Tears

By blurring vision, they handicap aggressive or defensive actions, and may function as reliable signals of appeasement, need or attachment.

涙は視界をボヤケされることで攻撃や防御を取りにくくするので信頼できるシグナルだという意見に対して次のように反論している。

For example if tears convince another that you are defenseless then there is an evolutionary incentive to manipulate the signal.

もし涙がそのような理由で信頼されるのであれば、進化によってそのようなシグナルを悪用するようになるはずだという。涙を流すが視界はぼやけないようになるということだ。そうならなければ涙に騙されることで生存上不利になる。

A typical exception is when the signal is primarily directed toward a family member.

但し、シグナルを送る相手が家族に限られるのであれば進化論的に安定した=誰も悪用しないシグナルになる可能性がある。何故なら家族は遺伝子の多くを共有しているからだ。

And babies of course have few other ways of communicating needs.

特に他のコミュニケーション手段を持たない赤ん坊にとっては重要な仕組みでありうる。

Not surprisingly, once the child reaches adulthood, crying mostly stops:  Nature takes away a still-costly but  now-useless signal.

実際、成長するにつれて子供は泣かなくなる。子供はいつまでも保護対象だと思われるインセンティブがあるため、涙というシグナルを利用するようになるが、親もその構造に気付くためシグナルとしては効果がなくなる。効果がないシグナルを維持する理由もないので泣かなくなるのも当然だろう。

オリンピックの経済効果

「経済効果」という言葉は極めて胡散臭いが、オリンピックのような大規模イベント招致活動が起きると毎回大々的に発表される(逆に、「費用便益」とあれば、それなりの計算に基づいていることが多い)。

Olympic Games have no long-term impact on employment

Usually, they manage to obtain some public guarantees or even financing on the grounds that such an event and the infrastructure will kick-start an economy and encourage tourism beyond the event.

「経済効果」なんていうものが持て囃される理由は簡単で、イベント招致・開催のための予算を取ってくるためだ。しかし、イベント開催後にその「経済効果」が実際どうであったかを調べることはないし、後に残るのは大きな赤字ということが多い。

Arne Feddersen and Wolfgang Maennig show that these beliefs are wrong, at least for the 1996 Olympic Games in Atlanta.

こちらのペーパーによると、少なくとも1996年のアトランタ・オリンピックについては長期的な経済効果はなかったという。まあ誰もが気づいていたことではあるが、数字になると説得力が違う。

They concentrate on the impact of these games on employment, and using monthly data they cannot find any impact in any sector, except for the sectors directly affected by the event, and only for the duration of the Games: retail trade, accommodation and food services, arts, entertainment, and recreation.

雇用面での影響を見ると、オリンピックに直接関係する産業以外では何のインパクトもなく、それらの産業ですら開催期間中にしか影響は確認されなかったということだ。

I can only reiterate that such events should find a permanent home

もしオリンピックが長期的な効果を持たないのであれば、毎回競技場などを建設するのではなく、決まった場所で開催した方がいいというのは妥当な提案だろう。

金融規制キャリア

ちょっと変わったキャリアアドバイスがあった。金融市場の規制に関するキャリアについてだ。

Financial Regulation Career Advice | TRUTH ON THE MARKET

Knowing substantive law is an important part of a legal career, a necessary pre-req to get going.  But it’s by far the least important item in your toolkit.  Being excited about what you’re doing, also good.

仕事に関する知識ややる気はさほど重要ではないと言う。何故か。

There are, however, too many smart and passionate lawyers in the world.

それは賢くて熱心な人間なんていくらでもいるからだ。10代での学校・受験の影響か、頭の良さというを絶対視ないし過大評価する人というのはとても多い。しかし、そういう意味で頭の良いひとはそれほど珍しくなく、勉強ができることが人生で成功する最も重要ではないのは大学なんかで色んなひとを観察すれば明らかだろう(それどころかプラスに働くのかも疑わしい)。

Two things distinguish the more successful lawyers from the rest of the pack: networking and salesmanship.  If you don’t develop skills in these two areas, you’ll never really own your career and someone else will.

では何が重要か。それはネットワーキングとセールスマンシップだという。何のことはない。どこの業界でもキャリアで必要なことは変わらないようだ。

You’ll be surprised at the ways you can help people connect with each other, and both sides will owe you one.  You’ll also be surprised at how often people offer to share their connections with you for precisely the same reason.

ABAに行くとか、in-house counsel(法務部?)と知り合うといった業界特有のアドバイスもあるが、この一節にもあるようにどの業界にも当てはまるものもある。自分の知り合い同士をつなげる機会は豊富だし、そうやって新しいコネクションを作ることも多い。

Put your rolodex on your christmas list.  Spam them will mass emails that update them about developments in your area of the law, or with emails that let them know about your accomplishments

季節の変わり目には近況や業界のニュースをメールで配信するといいというアドバイスもある。

On salesmanship:  Realize that you are first and foremost a salesman. Your wares are legal services.

セールスマンシップについて専門家は忘れがちだ。専門家もまた特定のスキル・イクスパティーズをそれを持たない(ないし機会費用的に自分でやりたくない)人に売っている存在だ。専門家としての威厳を保つためにはあまりあからさまに売り込みをすべきではないし、仕事は勝手に入ってくるというイメージを保つべきだろう。しかし、それはあくまでマーケティング上の戦略たるべきであって、実際には売り込みをせず仕事が歩いてくるということはない。

Before you can sell anything to anyone, you need to do your homework and know what drives your target. Where they make most of their money, what risks they are afraid of, what problems they have on the horizon that they don’t even know about.  Then you need to let them know how your skills can solve their problem.

クライアントがどこで稼いでいて、何を恐れているか、どんな道の危険があるか、そしてどうやって自分のスキルが彼らの問題を解決できるかを考える。この業界に特有の話は何もない。

勤務先別アドバイスもあるので、該当者はおそらくいないでしょうが、実際にこの業界で働く気のある人は元記事を御覧下さい。

ボーナスの払い方

どうしてボーナスを金銭で支払うよりも物品で渡した方が従業員のやる気が高まるのかについての分かりやすい説明。

Why Company Cars Instead of Cash?

A gift in-kind results in a signicant and substantial increase in workers’ productivity. An equivalent cash gift, on the other hand, is largely ineffective […]

ボーナスとして物、例えば車、を支給すると社員の生産性が大きく上昇するのに対して、同額を金銭で渡しても余り効果がないという。

If I pay you money you have to share it with your family and then buy a car out of your share.  If I give you a car it is all yours.

この現象を説明する一つの方法は、金銭報酬は家族とシェアするのに対して、物品や待遇による見返りは社員本人が独占出来るからだという。例えば、前のプロジェクトで活躍した人に次はもっと面白い仕事を与えたり、新しい役職=より広範な仕事を与える。これは給料を増やすよりも効率がいい。給料が増えてもその分本人の可処分所得(例えば小遣い)が増えるわけではないからだ。

You are willing to pay at most $10,000 for a car.  But if I give you that car for free and offer to buy it back from you, you require $20,000, because you will get to keep only half of that money.

同じやり方でEndowment Effectも説明できるという。ある車に$10,000の払う意思のある人に、その車を幾らで手放すかというと$20,000と答えるというような現象だ(WTPとWTAとの間に差がある状態)。この現象は心理的なバイアスとして説明されることが多いが、このやり方であれば、$20,000が現金収入として生じても受け取るのが$10,000と想定されているというだけで心理学的な要素を持ち込まずとも整合的に説明できる。

「実名・勤務先明記」へ

日本IBMのソーシャル・コンピューティングのガイドラインに関する記事から。

ブログ利用「実名・勤務先明記」を奨励 日本IBM

特に注目されているのは以下の部分だ。

「IBMでの業務に関連してブログ活動をする際には、実名を使い、身元を明らかにし、あなたがIBMに勤務していることを明示するように奨励します」
「一人称で語りましょう。自分自身の意見で、その個性を前面に打ち出し、思っていることを語りましょう」

実名・勤務先の公表を控える人が多い日本では異例の試みと言える(参考:アメリカは実名志向か)。しかし、このガイドラインは時代の流れに適ったものだ。

実名の利用を奨励することの利点は二つある。一つは、質の高い人材を惹きつけることだ。ネットは個人が自分の名前で活動する=レピュテーションを築くのを容易にした。狭いサークルの中で活動しているのであれば従来型の人脈作りで十分だろうが、多くの職業は自分とは全く違う分野の人間と繋がっている(他人が出来ないことを提供することで利益を上げる場合には当然そうだ)。ネットを活用してネットワーキングをしている人にとって、それが出来なくなるのは非常に都合が悪い

個人としてブランドを持っている社員は転職が簡単という意味で企業にとって都合が悪い面もあるが、そういうクリエイティブな人材を持たないで競争するのは難しくなっている。むしろ個人が個人として活動することを認めて、優秀な人材を揃える方が有利だと考えるのは自然だろう。

二つ目の利点は、その質の高い人材が持つブランドを逆に企業が利用することだ。個人がブランドを持たない時代には、企業がブランドとして存在し社員がそれを使って仕事をした。多くの戦略コンサルティング会社はそれに当たるだろう。個人としての技能に期待してるのではなく、会社の名前を元に仕事が発注される。会社はそのブランドを守るために社員を厳選し、社員にとってはその会社にいったことが履歴書上のメリットになる。

しかし、個人がブランドを持つようになればその関係は変わってくる。会社名ではなく個人に仕事が入る。そうなると会社と社員の力関係は逆に傾く。社員に個人としての活動を奨励することで優秀な人材を確保する一方で、その人材が持つブランドを企業が利用できる

「一人称で語る」というのはこの二番目の利点をうまく活かすための工夫だ。構成員が個人として発言し、会社のブランドを高める一方で、会社の意見とは切り離す。

この方法がうまくいくような業界ばかりではないだろうが、他の企業もソーシャルメディアの時代に合わせて社員の対外的な活動に対する認識を改めて行くことが必要だろう。